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大分地方裁判所 昭和39年(ワ)460号 判決

原告 国鉄労働組合大分地方本部

被告 清末清文

主文

別紙目録記載の建物に対する二分の一の持分につき原告が所有権を有することを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

別紙目録記載の建物が原告の所有であることを確認する。被告は原告に対し、右建物につき大分地方法務局昭和三三年九月二四日受付第九四五八号所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二、被告

(一)  本案前の申立として

本件訴を却下する。

(二)  本案につき

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、請求原因

一、国鉄労働組合(以下国鉄労組と略称する)は、日本国有鉄道に勤務する従業員を以て組織する法人格ある単一の労働組合であり、原告たる国鉄労働組合大分地方本部(以下単に大分地方本部と称する)はその下部機関の一つであるが、国鉄労組のうち大分鉄道管理局に勤務する組合員を以て構成され、同管理局相当地域における独自の活動をなし、独自の決議、執行の機関及び代表者を有し、いわゆる権利能力なき社団たる実質を有するものである。

被告はもと大分地方本部の組合員であつて、昭和二九年八月以降昭和三五年八月まで大分地方本部執行委員長の地位にあつたものである。

二、別紙目録記載の建物(以下本件建物と称する)は、大分地方本部の事務所として利用するため、同本部所属の組合員の拠出にかかる金員及び大分地方本部に対する外部からの寄附金を建築資金とし、大分地方本部が訴外株式会社後藤組に建築を注文し、昭和三三年九月完成引渡を受けたものであつて、社団たる大分地方本部の所有(換言すれば大分地方本部を構成する全組合員の総有財産)に属する。

三、しかるに、大分地方本部は前記のとおり法人格がなく、本件建物につき登記簿上の所有名義人となることができないため、当時の執行委員長であつた被告との間に、(一)本件建物につき被告名義に所有権保存登記をなすことを信託する(二)右信託契約は随時大分地方本部において解除することができる旨の合意を経た上、これに基き大分地方法務局昭和三三年九月二四日受付第九四五八号を以て被告名義の所有権保存登記がなされた。

四、被告はその後執行委員長及び組合員の地位をも失つたので、大分地方本部は昭和三九年一〇月一三日付その頃到達の書面を以て被告に対し右信託契約解除の意思表示をした。

五、よつて、被告はもはや本件建物の所有名義を自己に留保すべき理由を失つたにもかかわらずこれを争い前記登記の抹消に応じないので、被告に対し本件建物が原告の所有であることの確認及び右所有権保存登記の抹消登記手続を求める。

第三、被告の本案前の抗弁

一、原告自ら主張するとおり、大分地方本部は国鉄労組の一下部機関であつて独立の人格を有しないから権利の主体となり得ない(この点については後にも詳述するとおりである)。従つて訴訟上の当事者能力を有しない。

二、大分地方本部の代表者執行委員長と称する鈴木一馬は正当な代表権限を有せず、従つて本訴を追行すべき権能を有しない。

即ち、被告は昭和三六年一月執行委員長の職を辞し、次いで訴外甲斐信一が執行委員長に選出せられ、昭和三九年一〇月八日当時その地位にあつたものであるところ、右同日、国鉄労組中央闘争委員長鈴木清は、突如闘争指令第八号をもつて、右甲斐ほか大分地方本部執行委員等七名につき国鉄労組の運動方針に反する行動があつたとして、その執行権停止及び役員選挙権被選挙権停止の処分を行うとともに、大分地方本部に執行委員会の代行機関を設置し、その長として訴外中田哲夫を指名する旨の通告をなし来つた。しかしながら、右甲斐等には右指令に掲げる処分事由に該当する事実はなく、仮にこれに類似する行動があつたとしても、かかる事由に基き右のような強圧的措置を以て臨むことは処分権の範囲を著しく超え、これを濫用したものというべきであるのみならず、遡つて云えば、右指令が処分の根拠として掲げる国鉄労組規約第二二条自体、著しく民主主義の理念に反する極端な専制主義的色彩を有する規定であつて、公序良俗に反する無効の規定と云わなければならない。

右いずれの理由によるも、甲斐等に対する右の執行権停止並びに右中田に対する代行者指名の処置はその効力を生ぜず、従つて依然右甲斐が執行委員長の地位権限を有するものであり、これに反し鈴木一馬は右中田の瑕疵ある地位を承継し執行委員長を自称しているにすぎないから、何ら正当な代表権限を有するものではない。

第四、被告の本案の答弁

一、国鉄労組が国鉄従業員を以て組織する法人にして単一の労働組合であり、大分地方本部(但し、昭和三九年一〇月八日以前におけるものを指称し、その後のものについては後記抗弁において述べる)がその下部機関であること、大分地方本部の事務所に充てるため所属組合員の拠出金等により主張の頃本件建物が建築されたこと、主張の如き信託契約に基き被告名義で本件建物の所有権保存登記がなされていること、その後被告が執行委員長の地位を辞したこと及び同年一〇月一三日頃大分地方本部の名義をもつて右信託契約解除の意思表示を受けたことはいずれも認める。

二、本件建物の所有権が大分地方本部に属する旨の主張はこれを争う。大分地方本部は右のとおり単一組合たる国鉄労組の下部機関であつて、単に大分鉄道管理局管内における地域的問題につき団体交渉協約締結等の権限を認められているにすぎず、独立の法人格を有しないものであるから、財産上の権利主体となり得ず、従つて自ら本件建物を所有する能力を有しない。また、右建物の実質的帰属関係が大分地方本部構成員の総有に属するとの主張も当らない。本件建物は国鉄労組並びに大分地方本部とは無関係に、出資者たる大分地方本部所属組合員各自に直接合有的に帰属していたものである。右合有の主体たる組合員各人の集団がたまたま大分地方本部構成員の範囲と一致するため便宜右集団を大分地方本部と称していたとしても、右は国鉄労組の下部機関たる大分地方本部とは本来別個の団体であり、原告の主張は右両者の混同の上に立脚するものにほかならない。

第五、被告の本案の抗弁

仮に、本件建物の所有関係についての右の見解が容れられず、社団たる大分地方本部の所有(或いはその構成員の総有)であつたとしても、次に述べる経緯により原告は従来の大分地方本部との同一性がなく従つて本件建物の所有権並びに前記信託契約上の地位を有しない。

一、大分地方本部の大分地方労組への移行

昭和三九年一〇月八日以前における大分地方本部(以下元大分地方本部と称する)は右同日、組織を挙げて国鉄労組を離脱し、名称を「新国鉄大分地方労働組合」(以下大分地方労組と略称する)と変更したが、その際右離脱の行動から脱落して国鉄労組に残留した一部組合員が相はかつて新たに組合を組織し、旧来の名称たる大分地方本部を唱えているにすぎず(従つてこれを元大分地方本部と区別するため現大分地方本部と称する)、これが原告の実体にほかならない。従つて、元大分地方本部は名称の如何に拘らず、原告に非ずして大分地方労組であり、本件建物の所有権も亦当然これに持続或いは承継されているものである。

この経緯の詳細は次のとおりである。すなわち、

(一)  国鉄労組はその運動方針として政治的には社会党支持を打ち出し、また、本部規的によつて下部機関には対応する県労働組合評議会(以下県労評と略称する)への加盟を要求しているのであるが、元大分地方本部の執行部並びに多数組合員等はかねて右方針に賛同せず、内部において長期の論争を経た後、昭和三九年二月及び同年八月に行われた地方大会(大分地方本部規約に定める最高の決議機関、以下組合大会と称することもある)において、重ねて民社党支持、県労評脱退、及び全日本労働組合総同盟組合会議(以下同盟と略称する)傘下に入ることを決議した。

(二)  これに対し国鉄労組本部は右決議の撤回を求め、これが不成功に終るや、元大分地方本部執行部に統制違反のかどありとして、規約中著しく反民主主義的な統制処分条項を根拠とし且つこれを濫用して、同年一〇月八日頃いわれなき最高の処分を以て臨もうとした。(前記第三の二のとおり)

(三)  このことを直前に察知した元大分地方本部執行部は、右一連の問題に関する組合員の総意をはかるため直ちに右同日処分に先立ち臨時組合大会を招集開催したが、右大会において、(1)国鉄労組本部の不当な弾圧を排除するため元大分地方本部の全組織を挙げて国鉄労組から離脱すること、(2)組織的離脱の方法については規約上別段の定めがないので、通常の個別的脱退(地方本部に対する脱退届の提出を以てなす)と異り一斉に国鉄労組本部に対して直後脱退届を提出する方法をとること、(3)離脱後は面目を一新するため、名称を新国鉄大分地方労働組合と改めること、(4)執行機関は暫定的に元大分地方本部の執行委員長甲斐信一以下の執行委員(一、二の脱落者を除く)を以てあてること、(5)元大分地方本部に属していた財産一切は挙げて大分地方労組の所有であることを確認し、その管理処分を右甲斐に委託すること等の諸事項が決議された。

(四)  同月一六日には大分地方労組が新たに結成の形式をとつて発足し、前記甲斐が執行委員長に就任しこれに参加したものは、元大分地方本部執行委員八名のうち前記甲斐以下七名、地方代議員一三三名のうち一三〇名、支部長六名のうち四名、地方委員六〇名のうち四五名、分会長三六名の殆ど全員並びに一般組合員総数の約三分の二であつて合計二、六一五名にのぼり、同月二八日付で前記決議の方法により一括して国鉄労組本部に直接脱退届を提出して離脱したのであるが、実質的には右決議のとおり元大分地方本部は同一性を保つたまま大分地方労組に移行したというを妨げない。これに対し、右決議に従わず離脱行動から脱退し国鉄労組に残留した者は、執行委員一名を含む約一、二〇〇名にすぎず、これら脱落者の集団は依然大分地方本部を呼称しているものの、当時全く労働組合ないしその下部機関たる機能を喪失し、同年一一月二四日に至つて漸く再建臨時大会を招集して新たな発足をみたものであり、元大分地方本部とは実質において全く同一性なき団体である。従つて、右脱落者の集団たる原告が本件建物の所有権ないし信託契約上の地位を承継するいわれはない。

二、大分地方本部の分裂

仮に右主張が当らず、大分地方労組が元大分地方本部と完全な同一体でないとしても、元大分地方本部の内部においては前記のとおり国鉄労組本部の方針に同調する者とこれに反対し独自の方向を指向する者との対立抗争が甚だしく、昭和三九年八月の大会における決議にも拘わらずなお組織分裂の危機状態は去らず、結局同年一〇月八日の大会によつて両者は決定的に相反する行動を辿ることになつたのであるから、ここにいわゆる分裂を惹起したものというべく、従つて少くとも元大分地方本部と現大分地方本部(原告)とが前後同一であることを前提とする原告の主張は当らない。かかる分裂の場合の財産処理につき法は特段の定めを設けていないから、民法における法人解散の規定を類推適用して処理すべきところ、組合規約には権利帰属者についての指定条項がないので、分裂時における元大分地方本部組合員の総意に基き処分方法を定むべきものである。従つて前記のとおり組合大会において従来の財産は挙げて大分地方労組に帰属することを確認し且つ前記甲斐にこれを委託する旨の決議がなされたのであるから、原告が権利を取得するいわれはない。

なお、仮に右見解も容れられず、右処分により原告にも本件建物につき若干の持分が留保されるとしても、その持分を超え本件建物の全部につき所有権を主張することはできない筋合であり、また右持分を特定してこれについての信託契約解除の意思表示がなされたものでもないから、解除の効果は何ら生じない。

三、解除権行使の不適法

仮に上記一切の主張が当らず、原告が本件建物の所有権延いては信託契約上の委託者たる地位を有するとしても、前記解除はその行使に瑕疵がある故に無効である。即ち、右解除の意思表示は「大分地方本部執行委員長中田哲夫」名義の文書をもつてなされたものであるところ、前記第三の二において述べたとおり右中田には正当な代表権限がないから解除権を行使することもできない。万一何らかの代表権限があるとしても、その根拠たる前記中央委員会指令の性質上、労働関係に関する暫定的な権限が付与されたに止まり、大分地方本部固有の財産管理に関する権限までも含まれないことは当然であるから、本件契約の解除はその権限外の事項に属する。

四、被告の登記義務

仮に百歩を譲つて被告に登記是正に協力すべき義務があつたとしても、本件所有権保存登記は適法になされているので、右保存登記そのものを抹消すべき登記義務はなく、また被告は昭和三九年一〇月初旬頃(前記離脱決議以前)元大分地方本部執行委員長たる前記甲斐の要求に応じて移転登記手続に必要な一切の書類を作成交付したので、これによつて義務の履行は完了し、再度原告から抹消登記手続を訴求されるいわれはない。

第六、本案前の抗弁に対する原告の答弁ないし主張

一、当事者能力について

原告たる大分地方本部は国鉄労組の下部機関ではあるが、本部機関の方針に反しない限りにおいて自主的な活動を認められ、独自の規約、代表者及び決議執行の機関を有し、社団としての組織と実体を具備したものであつて、対外的にも各種の取引行為を原告の名において行つて来たのであるから、訴訟上の当事者能力を有することはいうまでもない。

二、代表権限について

甲斐信一が昭和三九年一〇月八日当時大分地方本部執行委員長の地位にあつたこと、国鉄労組中央闘争委員会が右甲斐を含む執行委員の職務執行の権限を停止するとともに、代行機関を設置しその長に中田哲夫を指名したことは認める。

右措置は、当時の執行委員等に、県労評からの脱退の推進(被告の本案の抗弁(一)において自認するとおり)、更には国鉄労組からの集団的脱退の策動等、国鉄労組全体の利益に著しく背反する行動があつたため、「下部機関が本部機関の意に反した執行を行い組合の利益に重大なる支障を与えると判断される場合、中央執行委員会は正当な運営を行わせるため必要な措置をとることができる。」旨の国鉄労組本部規約第二九条第三項に基いてなしたものであつて、単一組織たる国鉄労組の組織統制のための当然の措置であり、その効力を否定する被告の見解は失当である。また、原告の現執行委員長鈴木一馬が右中田の地位を承継したとの被告の主張も当らず、同人は昭和三九年一一月二四日原告たる大分地方本部の組合大会において満場一致をもつて新たに選出されたものであるから、正当な代表権限を有するものである。

第七、本案の抗弁に対する原告の答弁ないし主張

一、大分地方労組への移行の主張について

(一)  昭和三九年一〇月八日までの事実的経緯(但し評価にわたる部分を除く)、その後主張のような組合員等から脱退届が提出されたこと、右脱退者等が同月一六日頃新組合の結成大会を開き新国鉄大分地方労働組合を組織したことは認める。

(二)  しかし、一〇月八日に大分地方本部の組合大会が開催された旨の主張及び右大会における決議に関する主張はこれを否認する。

右組合大会と称するものは、前記のとおり当時の執行委員等においてかねて国鉄労組からの脱退を画策していたので、中央執行委員会の処分の動きを察知するや急拠一部の同調者のみを糾合して脱退ないし新組合結成についての打合せを行つたものにすぎず、右会合の実体は脱退策謀派のみによる同志的会合、換言すれば新組合の結成準備会にすぎず、規約に定める正規の決議機関を構成するものではない。このことは、規約上の大会構成員たる地方代議員及び役員全員に対する招集手続を経ることもなく、一部同調者に対する連絡のみで多数代議員の不知の間に秘かに行われたこと、その参会者の数も規約に定める大会の定足数(構成員の三分の二)を遙かに下廻るものであつたこと等に徴しても明らかである。従つて、右会合において仮に主張のような決議がなされたとしても、何ら大分地方本部としての意思決定をみたことにはならない。

(三)  右のとおりであるから、その後被告主張の人員が別途に新組合を結成したとしても、これを原告たる大分地方本部と同一体であると主張することは牽強付会も甚だしく、単に脱退者が集つて別個の組合を新たに組織したものにすぎない。そもそも、大分地方本部が国鉄労組の組合員のみによつて構成さるべきことは、その性質上も地方本部規約の趣旨からみても当然であり、国鉄労組から脱退しながらなお地方本部に残留して、これを構成することはあり得ない筋合である。なるほど右脱退により原告の組合員の数を減じたものの、原告は社団として終始その同一性を維持しているものである。従つて本件建物の所有権は一貫して原告に帰属するものであつて、大分地方労組がこれを取得するいわれはない。

二、分裂の主張について

既に述べたとおり一部分派的行動をとる者はあつたが結局執行権停止等の措置により排除され、その間原告の社団としての統一は破壊されることなく維持されたのであつて、その後脱退者が相当数に及んだとしても、右は統一的組織体たる原告からの個別的な脱退が集積したもの(集団的脱退)にすぎないから、いわゆる組合の分裂に当らず、従つて分裂を前提とする被告の主張はすべて失当である。

なお、原告からの脱退者(及び除名者)がすでに納入した組合費及び一切の組合財産の返還又は分与を請求し得ないことは、大分地方本部規約第二三条の明定するとおりであるから、大分地方労組又はその構成員が本件建物に何らの所有権(ないし持分権)を有しないことはいうまでもない。

三、解除権行使の適法性について

本件信託契約解除当時における原告の執行委員長(代行)中田哲夫が正当な中央委員会指令によつてその地位に就いたものであることは前記第六の二において述べたとおりであり、同人の権限が「労働関係上の権限」のみに止まらず原告の財産管理に関する権限を含むことは右指令の性質上当然であるから、解除権行使の権限を有し、その行使には何らの瑕疵もない。

四、抹消登記義務のみを否定する主張について

しかし、本件建物に対する被告名義の所有権保存登記は、原告から被告に対する信託契約に基くものであるところ、右信託の表示を欠く点で当初より正確な登記とはいえないばかりでなく、右信託契約を解除したのであるから被告に右保存登記の抹消登記義務が生じることはいうまでもなく、被告において訴外甲斐信一に登記関係書類を交付したからといつて、所有者たる原告の権利行使を妨げる理由にはならない。

第八、証拠関係〈省略〉

理由

第一、本案前の抗弁に対する判断

一、当事者能力について

(一)  成立に争いのない甲第一、第三ないし第七号証、同第一七号証及び証人三浦義正の証言(第一回)を綜合すれば、後記認定の分裂以前における国鉄労働組合大分地方本部(元大分地方本部)は、単一労働組合にして法人格ある国鉄労働組合(国鉄労組)の下部機関の一つであるが、大分鉄道管理局に勤務する国鉄労組員を以て組織され、固有の代表者、決議及び執行の機関を有し、地方本部規約、会計規則等を具え、国鉄労組本部の規約ないし大会決議によつて拘束を受ける場合もあるものの、かかる場合もその方針に反しない限りにおいて自主的な行動をとることができ、固有の財産を有し、且つその財政的基礎は組合費を一旦国鉄労組本部に上納し本部から配分される交付金の形式をとるもののほか、地方本部のために定められた組合費で、一括徴収の際に同本部において分離取得するもの、その他独自の臨時費又は積立金等から形成され、これを独自の責任において自己の用途に供し、対外的にもこれに基いて各種の財産上の取引を自己の名においてなし、実質的に社団として独立の活動をなし来つたものであることが認められる。

(二)  右各証拠のほか、成立に争いない甲第一一号証及び弁論の全趣旨を綜合すれば、後記分裂後の現大分地方本部(即ち原告)も、従前の地方本部との同一性の存否は別として、その構成員数において相当の減少はあつたものの、現在国鉄労組の下部機関たる地位を有し且つ前記同様独立の社団たる実質を失わないことが認められる(この点については後にも説示するとおりである)。

右事実によれば、原告は民事訴訟法第四六条にいう法人に非ざる社団として、訴訟上の当事者能力を有するものと言わなければならない。

二、鈴木一馬の代表資格について

被告は、鈴木一馬は訴外中田哲夫の瑕疵ある地位(代表権限を取得しない)を承継したものであつて正当な代表権限を有しない旨主張するけれども、前記甲第一一号証及び同第一七号証によれば、右鈴木は後記分裂の後たる昭和三九年一一月二四日原告の組合大会において選出されて執行委員長に就任し、原告を代表するものと認められるから、右中田の代表資格の有無を判断するまでもなく被告の右抗弁は理由がない。

第二、本案についての判断

一、本件建物が元大分地方本部の事務所に充てるため同地方本部所属組合員の拠出金その他の寄付金に基いて建築されたものであること、原告主張のような信託契約に基き当時の執行委員長たる被告名義に所有権保存登記がなされ現在に及んでいること、被告が執行委員長の職を辞したこと、及び昭和三九年一〇月一三日頃原告名義をもつて被告に対し右信託契約解除の意思表示がなされたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、本件建物の所有権の帰属につき判断すべきであるが、先ずそれが元大分地方本部に属するものであつたか否かについて検討する。

元大分地方本部の実体についてはさきに説示したとおりであり、所謂法人に非ざる社団として固有の資産を総有的に所有し得ることは明らかである(その財産帰属の関係は実質的には同本部を構成する総組合員の所謂総有に属するものと解される)。しかして、前掲甲第一号証、同第三、第四号証、同第一七号証、成立に争いのない甲第一二号証、三浦義正の証言(第一回)及び被告本人尋問の結果を総合すれば、本件建物の建築は国鉄労組本部の方針とは無関係に、元大分地方本部独自の構想で、創立十周年記念事業として事務所の建設が発議決定され、その資金も国鉄労組本部からの援助を受けず、すなわち通常の組合費(前記のとおり一旦本部に上納した後本部から交付を受ける)とは別途に、独自の組合員拠金、積立金及び部外からの寄附金をもつて賄われ、建築業者との工事請負契約も元大分地方本部名義で締結されて建築されたものであり、その完成後は元大分地方本部の事務所として利用に供されるとともに、右地方本部が外部からの融資を受けるために、これを担保に供しており、現に訴外大分県労働金庫や国鉄労組本部に対し抵当権が設定されていること、しかして、右建物の帰属及び利用関係の主体は包括的に右地方本部構成員からなるものと考えられ、特別に新たな加入者から負担金を求めたり、転勤等により地方本部の構成から離れる者に対して持分の払戻等の措置も何ら考えられていなかつたこと等の事実が認められ、以上の認定を左右する証拠はない。これらを総合すれば、本件建物は名実ともに法人に非ざる社団たる元大分地方本部固有の財産(法人たる国鉄労組の所有財産ではなく)としてこれに帰属するものと認めるのが相当である。

これに反し被告は、右建物に対し独立の法人格を有しない元大分地方本部は権利主体たり得ず、右建物は現実に金員を拠出した元大分地方本部組合員全員に直接合有的に帰属する旨、或いは元大分地方本部と人的範囲においては一致するがこれとは別個独立に観念すべき団体に属する旨主張するけれども、右認定の事実によれば、本件建物は端的に法人に非ざる社団たる元大分地方本部の財産(つまり実質的にはその全構成員の総有に属する財産)と認むべきであつて、各組合員の持分の観念を容れる余地はなく、また別個の帰属団体を想定することも相当でないから、右見解は採ることができない。

三、よつて、被告の抗弁を検討する。

(一)  抗弁一(元大分地方本部は大分地方労組であるとの主張)について

(イ) 国鉄労組はかねて社会党支持、県労評加盟の基本的な運動方針を明らかにしていたところ、訴外甲斐信一を執行委員長とする元大分本部執行部並びに組合員相当数は右方針に同調せず、昭和三九年二月の地方大会において、民社党支持、県労評脱退、同盟傘下に入ることを指向し、これを決議して独自の運動方針を打ち出し、同年八月の大会においても重ねて右同様の決議をしたこと、これに対し国鉄労組本部は右決議の撤回を求めたが、右地方本部役員等において承服せず遂に本部の統制に違反するとして本部規約に則り同年一〇月八日闘争指令第八号をもつて右甲斐ほか地方本部執行委員等七名の執行権、選挙権被選挙権停止の処分を行うとともに、執行委員会の代行機関を設置しその長として訴外中田哲夫を指名する旨通告するに至つたこと。その後右執行委員等の大半を含む約二、六〇〇名(当時の地方本部組合員数の約三分の二に相当する)の組合員が国鉄労組からの離脱を唱えて直接国鉄労組本部に対し脱退届を提出し、同月一六日これらの者が相集つて「新国鉄大分地方労働組合」(以下大分地方労組と略称する)として発足することを決議したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(ロ) 被告は、前記処分に先立ち同年一〇月八日本部の専制を排除するため当時の執行部において臨時組合大会を招集開催し、右大会において元大分地方本部の全組織を挙げて国鉄労組から離脱すること等を決議し、これによつて元大分地方本部はそのまま大分地方労組に移行した(従つて原告は右移行から脱落した者が集合した団体にすぎず、元大分地方本部と何らの同一性もない)と主張し、証人甲斐信一、同浜田年、及び同東慧はこれに副う供述をなし、成立に争いのない乙第一八号証、並びに同第一九号証にも一部これに副う趣旨の供述記載がみられ、少くとも右同日大分市内の「偕楽荘」において相当数の組合員による会合が催され、右にいう決議がなされたことはこれを窺うに足りるけれども他面、(1)前掲甲第六号証(大分地方本部規約)によれば規約上地方大会(組合大会)は地方代議員及び役員を以て構成され、三分の二以上の出席を要するとされているところ、当時の構成員総数が一三三名内外である(右規約及び前掲証人浜田年の証言によつて認められる)に対し、証人羽田野尚の証言及びこれによつて成立を認める甲第一六号証の一ないし四九によれば、その三分の一を超える四八名が大会開催の通知を受けず出席もしていないこと。(2)成立に争いない乙第一六号証によれば、当時の大分地方本部副執行委員長であり現大分地方労組役員たる小林寿亀において、当日の会合は翌九日に予定せられた組合大会の準備のための支部、分会代表者の会議であり、その出席人員も五、六〇名にすぎなかつたと述べていること、(3)前掲乙第一八、第一九号証によれば現大分地方労組役員たる船津昭和、甲斐孝三においても或いは大会といい或いは「最高幹部の集まり」とか「執行委員会に対する諮問機関たる代表者会議」等と称し、その性格につき明瞭な認識を欠く点が認められること。(4)その他弁論の全趣旨(就中、被告は右同日の会合の性質を必ずしも当初において明確に主張せず、執行委員会、代議員会或いは組合大会に代る役員会等と指称し、被告の認識自体訴訟の追行につれて変遷がみられること)に徴すれば、同日の会合は少くとも規約に定める組合大会に相当するものとは認めることができず、むしろ右執行部が翌九日に予定していた臨時組合大会に先立ち中央からの処分の問題が急速に現実化したため、国鉄労組からの離脱に同調する役員代議員等が急拠会合して今後の方針を協議したものと認めるのが相当である。乙第三号証は組合大会議事録の形式を具え、右同日の大会の経過を記録した如き体裁を有するけれども、上記認定の諸事実その他弁論の全趣旨に照らせば事実に合致するものとは認め難く、前掲甲斐信一、浜田年、東慧の各証言中前記認定に反する部分は措信できず、その他右認定を覆すに足る証拠はない。およそ国鉄労組からの離脱の如き地方本部の存続にかかわる重大な事柄が規約に定める大会以外において決定されることは許されないと解せられるところ、他に被告主張の如き大会決議がなされた事跡を窺うに足る証拠も存しない。したがつて被告のこの点に関する主張はその前提を欠き、採ることができない。

(二)  抗弁二(組合の分裂)について

(イ) 元大分地方本部の内部における動向、国労本部の措置及びこれに対する反撥等については叙上認定のほか前掲甲第一七号証、乙第一六ないし第一九号証、三浦義正(第一、二回)、甲斐信一(措信しない部分を除く)の各証言、成立に争いない乙第七号証の一及び二、同第八ないし第一〇号証を総合すれば、なお以下の事実を認めることができる。

即ち、国鉄労組本部規約は下部機関に対し、対応する県労評への加盟を要求しているのであるが、元大分地方本部執行部と大分県労評の間には既に数年間にわたつて意見の対立があり、地方本部委員長選挙、国会議員選挙における候補者支持の問題等をめぐつて対立が激化した結果、右地方本部執行部は県労評から脱退し新たに同盟傘下を指向し、政治的には民社党支持へと方向転換を企図するに至つた。尤も、この点については、右大分地方本部内においても完全な意思の合致をみたわけではなく、右方針を主張する者(その数において優位を占めていた)と、これに反対し国労本部の方針を遵守しようとする者とが二派に分れて相対立し、部内においても長期にわたる論争ないし抗争を重ね、一般組合員に対する教宣活動も双方から活溌に続けられたが、昭和三九年二月における臨時地方大会(組合大会)において遂に右方針が多数の支持を得て承認可決されるところとなり(但し、採決の票数の算定をめぐつて相当の波らんをみた)、次いで同年八月の定期大会においても再び多数をもつてこれが承認されるとともに、執行部の大半は右多数派によつて固められるに至つた。

しかし、右の方針は国鉄労組本部の基本方針に著しく背馳するものであったため、同本部としても問題を重視し、国鉄労組及び総評の幹部を動員して右地方本部執行部の説得に乗り出し、同年一〇月六日頃大分市において会談しようとしたが、既にその対立は深刻な段階を迎えていたため右会合すら実現をみるに至らず、遂に国鉄労組本部側は説得工作を断念して右地方本部執行部に対する統制処分を以て臨み、これを執行機関から排除することを決意し、同月八日中闘指令第八号をもつて前記の如き処分を通告すると共に、多数の本部賛成派の組合員等を動員して組合事務所の占拠を強行するに至つたものである。

右処分の直前頃、既に地方本部執行部側は、ことここに至つては国労本部と袂を分ち、地方本部を挙げて独自の行動に出る以外に局面打開の途はないと思料し、国鉄労組に対する脱退届及び新組合(国鉄大分地方労働組合と仮称)に対する加入届の用紙を大量に作成準備して一般組合員等に配布し、右脱退及び加入を呼びかけるとともに、同月九日に緊急の組合大会を招集の上多数の議決を得てこれを実行に移そうと企図していたところ、恰もその前日たる同月八日に処分通告がなされるとの情報を得たため、急拠大会をとりやめ、志を同じくする役員、代議員等数十名に電話連絡等をして右八日前記偕楽荘に参集を求め、右会合において現状の最終的な検討をなすとともに従前の方針を確認し、今後の行動につき具体的方策を協議しつつあつた際、殆んど時を同じくして前記処分通告を受けるに至つたものである。かくして同月一六日国鉄労組そのものと袂を分つべく決意した者が相集つていわゆる新組合結成大会を開き、名称を新国鉄大分地方労働組合とし役員を定め(大半は元大分地方本部の役員をもつて充てた)、新たに規約を設けて国鉄労組とは形式的にも実質的にも別個独立の組合として、元大分地方本部組合員のうち約三分の二に相当する二、六〇〇名程度(後に約二、四〇〇名)を結集組織して組合活動に入り、他面、国鉄労組本部に同調する約一、二〇〇名(後に約一、四〇〇名)は右の事態を目して分裂と認め、地方本部の再建を呼びかけ(前掲乙第七号証の一、二による)、一一月二四日再建臨時大会を開いて新たに役員を選任する等組織の整備に努め、自組合をもつて元大分地方本部と終始同一性を有するものであると主張し、国鉄労組本部からもその旨を承認されているものであつて、これが即ち原告に当る。

以上の事実を認めることができ、前記乙第一六、第一八、第一九号証の各記載、証人甲斐信一、同浜田年及び同東慧の各証言のうち右に反する部分は措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

(ロ) ところで、労働組合にいわゆる分裂なる法概念を是認すべきか否か、仮にこれを積極に解するとしても、いかなる要件のもとに認むべきかについては異論の存するところであるが、少くとも複数の労働組合が相合して一個の組合を形成するに至るところの「組合の合同」なる法概念(労働組合法その他に規定は存しないけれども、組織力をもつて建前とする労働組合の本質に鑑み、且つ商法に定める会社の合併なる法概念からこれを類推することができる)を容認する限り、社会的実態としての事実上の分裂の存在を直視し、右にいわゆる合同の逆現象としての「組合の分裂」なる概念もこれを是認し得べきものと考えられる。しかして、労働組合の内部に相対立する異質的な集団が組織的に成立し、これらの対立抗争甚だしく、統一のための努力も空しく、全一の組織体として存続活動することが不可能ないし著しく困難となり(この段階は団体の本質たる多数決原理の機能停止によつて徴表される)、統一体としての存在意義を失い、実質的な分離状態に至つた場合は、構成員の個別的或いは集団的脱退の場合とは異り、これを組合の分裂と観念するを相当と解する。(分裂なる法概念を否定するときは、反面すべての事実上の分裂を脱退概念に解消させることとなり、いかなる分裂団体をもこれを脱退者として一切の財産上の権利を否認する結果を招来し、その不公平は覆い難くなる。)

このことは、単一法人たる労働組合の下部組織にあたるものであつても、それが法人に非ざる社団として固有の代表者、決議及び執行の機関を具え独立の社会的活動を営むものである限り、右下部組織においても発生し得るものであり、殊にその固有の財産(これにつき上部団体は直接には何の権利も有しない)の帰属に関して主体における分裂の有無を判断しようとする場合においては、端的に下部組織それ自体に前記分裂概念を適用して判断すれば足るものと解される。

(ハ) 翻つて、これを本件における前記事実関係によつてみれば、元大分地方本部はその内部において根本方針をめぐり二派の勢力が鋭く対立抗争を続け、二回にわたる組合大会においては多数派の意図するところに従つて一応の意思統一をみたというものの、これが国鉄労組本部の基本方針に甚だしく背馳するものであつたため、右中央本部からの強力な働きかけによつてはいつ逆転するかもはかり知れない流動的な状態にあつたところ、果して中央本部の介入するところとなり、地方本部執行部を排除し、地方大会における前記決議を無視して中央本部の方針に副う意思統一を図ろうとしたことから、少数派も気勢を加え、遂に地方本部内部の国鉄労組を出ようとするものとこれに留まろうとする潜在勢力が、明瞭に国労本部からの脱退派と国労本部残留派という形をとつて、極端な対決状態に陥り、統一の努力も及ばず、少くとも昭和三九年一〇月八日頃の前記偕楽荘における会合を境として両者を結合する単一社団としての統一的意思形成の場は全く失われ、形式的には一個の社団でありながら実質的にはその内部に二個の組織が生成し、地方本部本来の統一的組織体としての実質は破壊され、約三分の二に相当する者が独自の方向を辿るに至つたものであるから、ここに元大分地方本部は法律上分裂を生じたものというべきである。

原告は、右分裂を目して個別的な脱退の集積したもの、つまり集団的脱退にすぎないと主張するが、なるほどその手続形式において国鉄労組本部に対する脱退届提出の方法がとられ、その数も国鉄労組全員との関係では多数とはいえないけれども、前掲甲第五、第六号証によれば、国鉄労組規約二五条及び大分地方本部規約二二条において、脱退は脱退届を地方本部に提出し、これが承認されたときに効力を生じるものとされるが、右地方本部の承認の事実を認める証拠はなく、前掲乙第一八号証によれば、一部の者については脱退届を無視してその後になつてから除名した事実が認められる。これらの事実関係に徴すれば、規約に定める脱退手続が履践されて脱退の効力が生じたものとは認められない。また、本件においては地方本部の分裂の存否を考察すれば足ることは前述のとおりであり、且つ分裂の存否はそもそも実質的に判断すべき事柄である。殊に分裂発生後における形式的な手続はその成否を左右するものではなく、しかも証人甲斐信一の証言によれば、規約に定める通常の脱退ではなく下部組織を挙げての離脱であることを意識し、殊更に規約にも定めのない国鉄労組本部に対する直接脱退の形式をとつたものであることが認められるので、脱退届提出の事実自体は何ら分裂の認定に妨げとなるものではない。

(ニ) そこで、前示認定の分裂を前提として本件建物の所有権帰属の問題につき検討する。

およそ、組合分裂の場合における組合財産の帰属については、該財産が実体的には組合員の総有に属するものであるところから、組合員各自において当然には持分権又は分割請求権を有しないとしても、分裂によつて生じた社団たる組合自体に分裂前の組合に属した財産に対する権利を否定する合理的な根拠は見出し難い。殊に、分裂が組織現象として捉えらるべきものである以上、分裂の場合の組合財産の総有関係もまた組織毎に分割されて然るべきであり、実際的にも右の組合財産は分裂各組合を構成する組合員が組合活動の資金として拠出したものが主なるものであり、且つ組合活動の財源として欠くことのできないものであることからみても、分裂前の組合と実質的に同じ組合員により構成され、同じような組合活動を営む分裂後の各組合に右組合財産を帰属せしめてその活動資金に供することが組合財産本来の存在目的に最も即した措置と解される。従つてこの場合、自然人の死亡における遺産に対する関係を類推して分裂社団に対する分割を許し例えば分裂各組合の組合員数ないしその出資の額を基準としてその権利を是認する見解も存し、かかる場合相続又は解散の規定の類推を迂回することが一見公平を維持する如き観がある。しかし、本来分裂前の組合財産を組合員の総有として各人の持分を否認し、脱退の場合にもその権利をすべて否認するにも拘わらず、分裂を契機として個々の組合員の持分的割合を想定しこれを根拠として各組合の持分を確定しようとすることは一貫しないきらいがある。

思うに、分裂による組合財産の帰属に関しては制定法上明文を欠くが、分裂がこれまでも述べたように社団の構成員個人への還元ではなく、複数のより小さい組織への分解であつて、その限度では集団的現象であり、基本たる一個の社団の消滅と同時に数個の社団が生成せられる現象であること、しかも分裂惹起の力関係からみて、相互の反撥力が匹敵し統一が破れる段階において起るという社会的実態を直視し、且つ分裂各組合そのものの内部関係はいずれも社団として依然総有状態にあることを考えるとき、組合財産は分裂により分裂各組合の共有となり、その組織的力関係が均衡する限り、各組合の持分の割合は端的に右新組合の数に応じ均分される(即ち二個に分裂した場合は二分の一宛となる)と解するのが本質に即した解決というべきである。

尤も、右のように解するときは、組合員の数において優位な分裂組合(新組合)にとつて不利を招く場合が予想されるけれども、分裂組合の力関係は必ずしも単に組合員数の多寡に限られず(尤も、分裂によつて生成した如く目される各組合の構成員数にあまりにも過大な差があつて、そもそも分裂と認められない場合又は分裂と認められるが組織的な力に差異がみられる場合は別である)、他方、構成員まで遡及してその数をもつて分裂組合の受くべき分割の基準とすることは一見公平にみえるけれども、組合財産の取得から分裂までの期間には相当数の組合員の出入りがあり得るので、分裂時の組合員のすべてが該財産の取得に寄与した者とは限らず、極端な場合には一方の組合はその構成員が財産取得時の組合員ばかりで形成されるに反し、他方の組合は財産取得に無関係な者のみで構成される事態もあり得ないことではない。従つて、単に組合員数のみをみて分割の基準とすることが必ずしも実質的な公平に合致するとは限らない。

かくして、分裂により生成せられる各組合の組織的な力関係が均衡する限りその個数をもつて分割の基準とすることを正当とし、且つ本件分裂における各組合の力関係はその組合員数に拘わらずさきに認定した事実関係に現われる諸事情を総合すれば、概ね均衡するものと認めるを相当とするので、本件建物は前記認定の分裂により原告及び大分地方労組の共有となり、右両組合においてそれぞれ二分の一宛の持分を取得したものと認められる。

(ホ) よつて、被告の抗弁は右の限度で理由があり(なお被告は分裂後の財産処理につきこれが大分地方労組に属することの確認決議がなされたというが、これを採り得ないことは叙上の認定から明らかである)、従つてまた、原告の本件所有権確認請求は右持分二分の一の限度で理由がある。

四、所有権保存登記の抹消手続並びにこれに対する抗弁三及び四(解除権行使及び登記義務に関する抗弁)について

(イ)  原告主張の信託契約解除の意思表示が大分地方本部執行委員長代行中田哲夫の名義でなされたことは当事者間に争いがないところ、被告は右中田の代表権限を争うけれども、前記認定の事実に照らせば、甲斐等に対する執行権等の停止及び中田に対する代行者指名の措置は国鉄労組本部が組織維持のための最終的手段として規約に基きなしたものであつて一応首肯し得られるところでありこれを無効と断ずることはできない。また、本件建物は大分地方本部固有の財産であつて、国鉄労組本部はこれに対して管理処分権を有するわけではないから、右措置が直ちに財産関係に及ぶとは考え難いとしても、弁論の全趣旨によれば、地方本部においては執行委員長は反対の決議がない限り、固有財産に対する権利行使についても代表権を有することが機構上承認せられていたことが認められるので、前記のとおり右中田が執行委員長たる権限を認められる限り、その間接の効果として同時に、財産管理についても代表権を有するものと認めるのが相当である。従つて、前示の如く原告が本件建物に対する二分の一の持分につき所有権を有することを考え併せると、右中田が原告の執行委員長としてなした右信託契約解除の意思表示は、原告の有する持分二分の一についてのみ効力を生じたというべきである。

(ロ)  次に、本件建物に対する被告個人名義の所有権保存登記が前記信託契約に基くものであることは当事者間に争いないところ、原告は右信託契約の全部解除を前提として、右所有権保存登記の抹消を求めるが、右解除は前記の如く原告の持分(二分の一)に関する限度において、その効力を存するにすぎないから、全部抹消を求めることは既に失当というべきである。

更に、原告は右所有権保存登記には信託の表示がないので、事実に副わないから頭初より無効として全部抹消すべきものであると主張するけれども、登記簿上の所有名義を信託した場合、その所有権保存登記に信託なる記載(信託登記部分)がなくても、無権利者の場合とは異なり所有権保存の範囲においては事実に副うものであつていまだ該登記を無効のものと解すべきものではないから右主張は採用できない。

ところで、信託に基き所有権保存登記がなされている場合、右信託契約が終了すれば、所有権者はその移転登記を求め得るほか、場合によつては右保存登記そのものの抹消を求めることも可能であると解される。

しかし、登記法上共有者の一人が自己の持分のみの所有権保存登記をなすことは許されないので、所有権保存登記を抹消しようとする場合もその一部(共有持分のみ)の抹消は認められず、全部抹消請求権を有する者に限り全部の抹消のみが是認され得べきところ、原告は前述の如く二分の一の持分につき所有権を有し、且つ信託契約の解除も二分の一の持分の範囲に限り効力を有するにすぎないので、全部抹消を求める権利がない。したがつて原告が本件所有権保存登記の是正を求めるためには、自己の持分につき所有権移転登記を求めることによつて、その目的を達し得べきところ、原告は法人でないので登記法上の所有名義人たり得ず、再び登記名義の信託等により受託者名義に移転登記を求める外はない。しかし、かかる請求は本訴請求の範囲にない。

そうだとすれば、原告の本訴請求中所有権保存登記の抹消登記を求める部分は失当であつて、被告の抗弁四は結局理由があることに帰する。

第三、結論

以上の理由により原告の本訴請求は、本件建物に対する二分の一の持分につき所有権確認を求める限度において正当としてこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平田勝雅 田川雄三 川本隆)

(別紙省略)

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